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名古屋高等裁判所 昭和38年(う)458号 判決

被告人 甲

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月以上二年六月以下に処する。

理由

本件控訴の趣意は被告人及び同弁護人大場民男の各控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用するが、これに対し、当裁判所は、つぎのように判断する。

被告人の控訴趣意、及び弁護人の控訴趣意第一点事実誤認の論旨について

所論は要するに、原判示第一の事実について、被告人は被害者に対して暴行脅迫を加えて、抗拒不能にしたことはない、と言うのである。

然しながら、記録を調べ、原判決挙示の各証拠、及び原裁判所が取調べたすべての証拠の内容を検討し、当審における事実取調の結果を綜合すると、被告人が原判示の如く、被害者に対して暴行脅迫を加えて、抗拒不能の状態にし、それに乗じて韓勝利が被害者を姦淫した事実は、原判決挙示の証拠によつて十分これを認めることができ、その認定に誤があるとは考えられない。被告人の司法警察員、検察官に対する各供述調書、及びその原審並に当審公判における供述中には所論に沿う部分があるけれども、右証拠と対比し信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。論旨は結局証拠の価値判断について独自の見解に立ち、原審の適法になした事実認定を非難するものであつて、採用できない。

弁護人の控訴趣意第二点、法令の適用の誤の論旨について

所論は要するに、原判決は、被告人の原判示所為を、準強姦教唆と強姦未遂の併合罪として処断しているけれども、これは、被告人の被害者を暴行、脅迫を以て抗拒不能に陥らしめた一個の行為を二重に評価し、処罰するものであつて、法令の適用を誤つたものである、と言うのである。

そこで本件の事実関係を検討して見ると、本件記録によれば、被告人は、原判示の如く、被害者A子を自己の居室に連れこみ、暴行脅迫を加えて抗拒不能にした上、衣類を脱がせて裸にし、ふとんの中に寝させたところへ、たまたま友人の韓勝利が来合せたので、同人に対し、被害者が○○百貨店店員で、被告人が言葉巧みに、その居室に誘いこんだものであることを話した上「お前やりたかつたら、先にやれ」と同女を姦淫することを勧めた、これを聞いた右韓は、同女が泣いていた形跡があり、裸でフトンの中に横たわり、かつ同女から、被告人に殴られたことを訴えられて、同女が被告人の暴行脅迫により抗拒不能の状態にあることを察知したのであるが、被告人の勧めにより劣情を催し、同女の右抗拒不能の状態に乗じ、強いて姦淫した、被告人自身も、韓に続いて、同女を姦淫するつもりであつたが同女が便所へ行き、被告人等のスキを見て逃げ出したため、その目的を遂げなかつた、以上の事実が認められるのである。

ところでこのような場合、右韓は、被告人の強姦の意思、及び被告人のなした暴行脅迫により被害者が抗拒不能の状態になつた経緯を察知しながら、被告人の勧めにより、右状態を利用して被害者を姦淫しようと決意したのであるから、この時被告人と右韓の間には、右A子に対する刑法第一七七条前段の強姦罪の共謀が成立したのであり、右共謀に基き右韓は被害者を強いて姦淫した以上、右両名は同罪の共同正犯と言うべきである。従つて右韓は、同人が本件に直接関与する以前に被告人によつて行われた被害者に対する暴行脅迫による反抗抑圧行為について責任を負うとともに、被告人も右韓の被害者に対する姦淫行為について責任を負わなければならない。して見れば右韓の姦淫によつて同人と被告人の共謀による強姦罪は既遂に達したのであつて、被告人の所為は準強姦の教唆に止まるものではなく、また被害者が逃出したため被告人自身の姦淫の目的は遂げられなかつたとしても、更に、これについて被告人に強姦未遂の責任を問うべきではない。原判決は、この点において、事実を誤認したか、または法令の解釈、適用を誤つた違法があり、結局論旨は理由がある。

そこで、その他の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三八〇条第三九七条により原判決を破棄する。

検察官は、当審において、原審における起訴状記載の訴因を、

「被告人は、昭和三七年一一月二二日午后六時頃、岐阜市○○百貨店屋上遊技場で遊技中、たまたま知り合つた同百貨店店員A子(昭和一八年五月一一日)を、同日午后六時三〇分頃右百貨店附近森永喫茶店に呼び出し、雑談中、俄に劣情をもよおし、同女を同市柳ヶ瀬通り五丁目の被告人住居自室に連れ込んで強いて姦淫すべく企て、同日午后八時頃、甘言を弄して同女を右自室前まで誘いこみ、室内に入るよう求めたところ、ようやく被告人の態度に不安を抱いた同女がこれを固く拒むや、執拗にその旨を要求した挙句、同日午后九時頃矢庭に『馬鹿野郎』などと怒鳴りつけるとゝもに平手で同女の顔面を一回殴打し、同女所携の手提袋を奪いとつて室内に持ち込むなどして無理に同女を室内に連れ込み、所携のナイフを示して『人を刺す位平気や』などと申向け、『馬鹿野郎、さんざん手こずらせやがつて』など怒鳴りつけ、さらに手拳で、同女の顔面を殴打するといつた暴行脅迫を加えて、その反抗を抑圧し、同女をして、その着衣を脱がせたが、たまたまその時友人の清水勝利こと韓勝利(昭和一八年三月一五日生)が前同所に被告人をたずねて来たことから、右韓に前示経過を打明けるとゝもに、『お前やりたかつたら先にやれ』旨申し向けて、こゝで同人と同女を強いて姦淫すべく共謀を遂げ、その頃前同所において、右韓において、同女の上にのりかゝり、強いて姦淫したものである」と変更したので、本件は原審及び当裁判所が取調べた証拠により直ちに判決するに適するものと認め、刑事訴訟法第四〇〇条但書に従い、更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三七年一一月二二日午后六時頃、岐阜市○○百貨店屋上遊技場で遊技中、たまたま知り合つた同百貨店店員A子(昭和一八年五月一一日生)を、同日午后六時三〇分頃右百貨店附近の喫茶店に呼び出し、雑談中、にわかに劣情をもよおし、同女を同市柳ヶ瀬通り五丁目一三番地杉本治郎方二階の被告人の居室に連れこんで強いて姦淫しようと企て、同日午后八時頃、甘言を弄して同女を右居室前まで誘いこみ、室内に入るよう求めたところ、同女が拒んだので、その所持していた手提袋を取り上げ、「返してほしかつたら入つて来い」言つて、同女を右居室に引入れた上、出入口の戸に錠をかけ、所携のナイフを示し「おれが、どんなことをする男か分つているやろう」「人を殺すのは平気だ」「お前今までさんざんおれをぢらして、今度は素直に話をきけ」「服を脱げ」などと言つて脅迫し、かつ「馬鹿野郎」と、どなりながら平手で同女の顔を殴り、足で同女の胸をけるなどの暴行を加えて、その反抗を抑圧し、同女をして、その着衣を脱がせたが、たまたま、その時友人の清水勝利こと韓勝利(昭和一八年三月一五日生)が前同所に被告人を訪ねて来たので、被告人は、右韓に前記の如く○○百貨店店員である右A子を被告人の居室に誘いこんだことを打明けるとともに「お前やりたかつたら、先にやれ」と言いこゝに右韓と右A子を強いて姦淫することを共謀の上、その頃前同所で、右韓において、同女の上にのりかゝり、強いて姦淫したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第一七七条前段、第六〇条に当るのであるが犯情憫諒すべきものがあるので、同法第六六条、第六八条第三号により酌量減軽した刑期範囲内で、少年法第五二条第一項本文により被告人を懲役一年六月以上二年六月以下に処し、原審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して被告人にこれを負担させないことゝして、主文の通り判決する。

(裁判官 小林登一 成田薫 斎藤寿)

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